神田沙也加の生い立ちが複雑すぎる?幼少期や子供時代の壮絶なトラウマとは?

歌手で俳優の神田沙也加さんが、滞在していた札幌市内のホテルで倒れているのが見つかり、搬送先の病院で亡くなったことがわかりました。

ご冥福をお祈りいたします。

そこで今回は、神田沙也加さんの生い立ちや、幼少期・子供時代の壮絶なトラウマなどについて見ていきたいと思います。

目次

神田沙也加の生い立ち・プロフィール

名前・読み方神田 沙也加(かんだ さやか)
生年月日1986年10月1日
没年月日2021年12月18日(35歳没)
出身地東京都
身長159.9cm
血液型A型
父・母神田正輝・松田聖子

神田沙也加さんは、1986年10月に父・神田正輝さんと、母・松田聖子さんの長女として生まれました。

神田さんは、ロリータ・ファッションを好んで着用しており、雑誌『KERA』やブログなどでも、ロリータ姿を披露していました。

また、ふなっしーの大ファンとして知られ、ふなっしーとは日テレ『笑神様は突然に…』などで共演し、DVDのナレーションも務めていました。

子供のころからアニメやゲームが好きで、幼い頃から『美少女戦士セーラームーン』のファンだったそうです。

アニメ好きで、深夜にもアニメを見たり、アニメ雑誌をチェックほどで、休日には秋葉原で過ごすほどの熱の入れようだったようです。

神田沙也加の幼少期画像や子供時代は

神田沙也加の幼少期画像

神田沙也加さんは、父親が神田正輝さんで、母親が松田聖子さんという、日本を代表する俳優、そして歌手との間に長女として生まれました。

両親が超有名人ということで、母の聖子さんが妊娠中で、沙也加さんが生まれる前から日本中の注目を集め、多くの雑誌などに掲載されています。

神田沙也加の子供時代

沙也加さんは、小学校に入学してからも、パパラッチから逃れるために、お母さんに相手がどのようなことをしてきたら違法になるかなど多くのことを学ばされてきたようです。

また、林間学校では、聖子さんのマネージャーが同行し、聖子さんが沙也加さんの運動会に来る時には、必ずと言っていいほど、学校側が警備員を配備していたそうです。

厳重警備のもとで運動会が開催されたのですね~

一般人では考えられないようなことも、小さいうちから学んできたのですね~

さらに、母親が大歌手であるため、聖子さんのコンサートチケットやサインを頼まれるなど、学業の他にもいろんな面で気を使わなければならなかったようですね。

神田沙也加の中学時代のトラウマとは

両親の離婚

神田正輝さんと松田聖子さんは、1997年沙也加さんが10歳の時に離婚しています。

親権はお母さんである聖子さんが持ちましたが、忙しいため普段は聖子さんの母で、沙也加さんから見ればの祖母が面倒を見ていたそうです。

祖母の厳しくもあり、また愛情たっぷりに育てられたそうです。

しかし、小学校卒業後に、中高一貫の私立校へ進学する予定だったそうですが、入学直前に、急遽、聖子さんの仕事のため、アメリカに拠点を移すことが決まりました。

その結果、沙也加さんも、聖子さんとともに渡米するかどうかの選択を迫られました。

その時は、聖子さんも新しい旦那さんになる、歯科医の波多野浩之さんと再婚の予定があったそうです。

全寮制中学校への入学

沙也加さんは、継父と一緒に行くことに抵抗があったようで、考え抜いた末に、全寮制の中学校に行くことを決心します。

当初予定していた中高一貫の私立校をあきらめ、別の名門中学校へ入学することになりました。

しかし、その中学校での寮生活が後々まで後を引き、トラウマになってしまうほどだったそうです。

それは、下着を盗まれて見世物にされることだったり、夕食後に自室に戻ると、布団がびしょびしょに濡らされていて、眠ることができなかったり、という、陰湿なものだったそうです。

そんなことが続いたことで沙也加さんは、逃げ場のない寮生活に耐えられなくなり、血縁関係のない親戚の家から、学校に通うことになりました。

陰湿ないじめが止まらない

それでも、イジメは続いてどうしようもなくなったため、最終的には聖子さんが暮らすロスへ行き、現地の学校に編入したそうです。

有名人の両親というだけで、ひどい中傷に遭い、子供ながらにずっと耐えていたんですね。

今度は新しいロスでの学生生活を行うことになりますが、今度は英語がわからず周りにも溶け込めなかったそうです。

聖子さんは、連日多忙を極め、コンサートやディナーの関係で、自宅を空けける日が多くなり、継父と一緒に過ごす日が多くなったそうです。

そんな生活に限界を感じた沙也加さんは、母親の聖子さんから離れ、帰国して日本の学校に編入しました。

しかし、いろんなことがあり、結局4回の転校を繰り返すことになりました。

相当苦しい日々を送っていたようですね~

神田沙也加の生い立ちまとめ

今回は、神田沙也加さんの生い立ちや、幼少期・子供時代の壮絶なトラウマなどについて見てきました。

神田正輝さんと松田聖子さんが両親という、サラブレットとして生まれてきた沙也加さんでしたが、10歳の時に両親が離婚し、母親が超多忙なため、祖母との生活をしてきました。

しかし、明るく健やかに育てられた沙也加さん、子供ながらも頑張っていたのですね。

中学校は、予定していた中高一貫校が叶わず、別の有名中学校へ入学しましたが、陰湿がいじめでどうしようもなくなったのでしょう。

母親のいるロスでの編入も言葉の壁があり、再度日本の学校に編入するも、4回の転校を繰り返すことになりました。

もちろん辛いことばかりではなく、楽しいこともたくさんあったでしょう。

今は、ご冥福をお祈りいたします。

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