田中英寿(日大理事長)の経歴や出身高校は?日大相撲部の実績や輪島との関係は?

日本大学の医学部付属板橋病院の建て替え工事では、背任事件となっており、田中英寿理事長の自宅なども家宅捜索されたようです。

そこで今回は、田中英寿氏の経歴や出身高校、日大相撲部時代の実績や元横綱輪島氏との関係などを見ていきたいと思います。

目次

田中英寿(日大理事長)の経歴

名前:田中英寿(たなか ひでとし)

生年月日:1946年12月6日

年齢:74歳

出身地:青森県北津軽郡金木町

田中英寿氏は、青森県の農家の三男として産声をあげました。

1965年に、日本大学経済学部に入学

1969年に、日本大学経済学部経済学科を卒業

その後、日本大学農獣医学部体育助手兼相撲部コーチに就任します。

1999年には、学校法人日本大学理事に就任

2002年、学校法人日本大学常務理事に就任

2008年より日本大学の第12代理事長に就任しています。

大学入学後からまさに順風満帆の経歴ですね!

田中英寿氏は、小学校低学年から相撲を習い始め、日本大学在学中は相撲部の選手として活躍し、3年生の時には学生横綱となるなど、アマチュア相撲界では知らない人がいないほどの実力者だったようです。

田中英寿の出身高校は

田中英寿氏の出身高校は、青森県木造高校です。

偏差値:55

木造高校は、1948に開校した公立の共学校です。

スポーツが盛んな高校であり、特に相撲部は強豪校として名を馳せています。

田中英寿氏の出身高校の主な有名人には、衆議院議員の升田世喜男氏や元力士の舞の海秀平氏などをはじめ、数多くの著名人や有名人を輩出している学校です。

日大相撲部・アマチュア時代の実績

田中英寿氏は日本大学時代の3年生の時に、学生横綱となっています。

大学卒業後は、アマチュア相撲でも大活躍しており、通算3度のアマ横綱に輝いています。

  • 1969年( 昭和44年 )第18回
  • 1970年( 昭和45年 )第19回
  • 1974年( 昭和49年 第23回

実力は誰もが認めるものがあったようですね!

まさにアマチュア相撲界の申し子と言うべきですね!

田中英寿と元横綱輪島との関係は

田中英寿氏は、日大時代の3年生の時に学生横綱となりましたが、1年後輩には元横綱の輪島氏がおりました。

輪島氏は、田中氏が学生横綱となった翌年に、学生横綱となっています。

日大相撲部の層の厚さが垣間見えてくるようですね~

田中氏と輪島氏は高校時代からの付き合いがあり、親友の仲だということです。

高校時代から相撲に情熱を向けていたお二人ですから、付き合いがあって、仲良くなるのも自然だったのでしょうね!

これだけ強い田中英寿さんですが、当然プロ入りも考えたでしょう。

しかし、当時の相撲部の監督やコーチからは、アマチュア相撲に残ることを薦められたそうです。

大学卒業後は、相撲部のコーチに就任し、さらに自身としてもアマチュア相撲を続けてきたそうです。

田中英寿の経歴まとめ

今回は、田中英寿氏の経歴や出身高校、日大相撲部時代の実績や元横綱輪島氏との関係などを見てきました。

青森県出身の田中氏は、小学校低学年から相撲をはじめ、大学3年生の時には学生横綱になりましたね。

1年後輩には元横綱の輪島氏がおり、高校時代からの付き合いで仲が良いようですね。

田中氏は、大相撲の世界にはいきませんでしたが、コーチとして後進の指導に当たるとともに、アマチュア相撲界では数々のタイトルを獲得するなど、相撲の発展に十分貢献されたようです。

そのような輝かしい実績がありますが、今回の事件は残念ですね。

今後の成り行きを注視していきたいと思います。

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