知床遊覧船の桂田精一社長は、謝罪会見をしましたが赤いネクタイや携帯をいじるなど、場をわきまえない態度に批判が集中しています。
そこで今回は、桂田精一氏の生い立ちや父親母親・兄弟、そして実家や自宅はどこなのか調べました。
桂田精一の生い立ち
桂田精一氏は、1963年6月29日に北海道斜里町生まれの58歳です。
北海道網走南ヶ丘高校を卒業後、茨城県工業技術センター窯業指導所で陶芸を学んでいます。
桂田氏は、元陶芸家として、有名百貨店などで個展を行うなどの実力があったようです。
こちらが桂田精一氏の作品と思われるものです。
小山昇氏のツイッターにありました。
このように、陶芸家として活動していましたが、突然ホテルの経営を任されるようになり、全くの素人ではありましたが、運営を始めます。
最初は赤字続きだったようですが、小山昇氏のコンサルを受けるようになってから、黒字に転換できたという。
事業も拡大し、商工会などの代表職にも就いていたようです。
2022年には、商工会施行60周年記念事業表彰者となっています。
また、商工会役員永年勤続表彰も受けています。
桂田精一の両親や兄弟
桂田精一氏の父親は、桂田鉄三氏という方で、地元斜里町・遠音別神社の宮司をしており、2007年以降、斜里町議会議員も務めていました。
2019年4月に行われた町議会選挙では落選したことから、引退しているようです。
知床遊覧船の船舶の名前も「KAZU I(カズワン)」「KAZU III(カズスリー)」とつけられていますが、名前の由来は、桂田精一氏と父親の桂田鉄三氏からつけられたものだと言われています。
ちなみに、KAZUは「桂田」の「桂(かづ)」に由来しているという。
母親は、「有限会社しれとこ村」の取締役です。
兄弟については明かされていませんが、桂田精一氏は長男です。
桂田精一の実家や自宅
桂田精一氏の実家は、出身地である、北海道斜里郡斜里町にあります。
実家は斜里町内で観光ホテルなどを経営する「㈲しれとこ村」を経営していました。
「㈲しれとこ村」は観光ホテル3軒、ゲストハウス1軒、アパート2棟など多角的な経営を行っており、現在は桂田精一氏が経営を引き継いでいます。
また、桂田氏の父親が「遠音別神社」の神主だあったことから、同じウロト地区内の可能性が高いですね。
自宅については、住所は不明ですが、、桂田精一氏の運営している会社である「知床遊覧船」の事務所が、北海道斜里郡斜里町ということから、斜里町内にあると考えられます。
桂田精一の生い立ちまとめ
今回は、桂田精一氏の生い立ちや父親母親・兄弟、そして実家や自宅はどこなのか調べました。
桂田精一氏は、北海道斜里町生まれの58歳。
北海道網走南ヶ丘高校を卒業後、茨城県工業技術センター窯業指導所で陶芸を学んでいます。
桂田氏は、元陶芸家として、有名百貨店などで個展を行うなどの実力があったようです。
父親は地元斜里町・遠音別神社の宮司をしており、斜里町議会議員としても活動していました。